第4回
 

「彩雲国物語」シリーズは、王を頂点に厳格な試験で選抜された官吏が国を治める、唐を思わせる架空の国を舞台にしたファンタジーのシリーズ。彩雲国の首都貴陽は紫州にあり、そのほかに紅、藍、碧、白、黒、茶、黄の八州がある。伝説では建国の祖、蒼玄王が彩八仙の助けを借りて作った国といわれ、それぞれの色の名前を持つ仙は移りゆく人間の世を眺めながら、ときどき人の身体を借りて治世に介入したり、人と恋をしたりするという。州を治めるのはそれぞれの色を冠した彩八家の一族で、そのほかに神事を執り行う縹家がある。
物語はそれまで女性に受験資格がなかった国試を受けて、初めての女性官吏となった紅秀麗と彼女にひたすらに恋をするときの王、紫劉輝を中心に展開する。官吏としての仕事に生きるか、王の求婚を受けて貴妃となるかという秀麗の将来についての選択は、現代のキャリアウーマンの悩みを代弁していた。(おまけに秀麗にはどちらもという選択肢はない。「貴妃」と「王の官吏」は両立しえないからだ)十人並みの器量の秀麗をとりまく男たちがそれぞれ個性的なイケメンばかり、というのもいかにも女性向けのライトノベルであった。
しかしシリーズが進むにつれて物語の方向性は次第にずれてゆき、若い王の成長と女性の仕事の物語は、脇役だったはずの貴族派の古株官吏、旺季が自分の育てた官吏たちと共に王位の奪還を図り、ついには劉輝に禅譲を迫り追い詰める話になっていく。前半では非常に有能な宰相として頼りきっていた心穏やかで優しい鄭悠瞬こそが、詰め将棋のような手練手管で王を孤立させ、あくまで合法的なやり方で王を裏切っていたことが判明するという大逆転が起こる。それにつれて最初のほうのキャラクターはずいぶん書き換えられ、姿を消したキャラもいるし秀麗自身がすっかり主人公の座から引くことになってしまった。わたしは後半のほうが重みがあって好きなので、物語のずれは別に気にしない。
  
 
物語を彩る花の数々
この物語は花を使って効果的に登場人物の性格付けをしている。植物そのものというよりは、花は象徴であり、記号である。たとえば王は自分に忠心を捧げる臣下にはそれぞれに意味を込めた花を下賜することになっている。劉輝は藍楸瑛と李絳攸に紫の花菖蒲を下賜した。花言葉は「あなたを信頼します」。彩雲国初の女性官吏秀麗が拝受したのは「蕾」で、やがて彼女の冠の上に赤い椿の花となって勝利を表わした。
秀麗と劉輝が交わす約束は「桜の花が咲くまで」と花にことよせて語られ、巡りくる春を数える手立てとなる。変わり者の紅黎深は李の花を愛して、義理の息子に李絳攸の名前を与えた。とてつもない知能に恵まれながら、コミュ障気味の黎深をただ一人理解し、補佐する妻は百合姫。彼女は幼い頃、譲り葉の名前で男装していた。
鄭悠舜の出自である妃一族が住んでいたのは梨の花が一面に白くけぶる里であった。稀代の裏切り者や軍師を輩出した妃家は滅び、残ったのは悠瞬ひとり。助け出されたものの生きる気力を失った病床の悠舜に旺季はくりかえし「南天の実が落ちたらいいことがある」と語る。単に春が来るということだと知って、その単純さに悠舜はあきれつつ慰められる。
黎深の兄、紅卲可は縹家の捕虜になった紅仙を助け出し、彼女の薔薇のような高貴な美貌にうたれ、口説き続けて妻にした。彼女は薔薇姫または薔君と呼ばれ、この二人の娘が主人公の秀麗である。
縹家を内部から変えようと、旺季に送り込まれた娘飛燕姫。縹家の当主璃桜に嫁ぎ、秘伝の害虫駆除法を写して父に送る。息子リオウに旺季の血を伝えた。彼女が死んでから物語は始まっているので伝聞でしか語られないが、縹家の棺に保存されていた霊魂が物語の最後に活躍、自害しようとする父旺季を引きとどめる。
 
 
美しき毒草、鈴蘭
特に注目したいのは鈴蘭の君である。前王には何人もの妾妃がおり、腹違いの公子たちは後継者をねらってしのぎを削っていた。その中でも抜きんでて武芸・学問に優れ、聡明で理知的で王の器と目されたのが次男の清苑太子。彼の母は少女のようにはかなげで透き通るような美しさを持ち、病弱でふせりがちの鈴蘭の君。鈴蘭の君の父は、自分の孫が王の後継者になると信じて勇み足で政治に介入し斬首され、鈴蘭の君も幽閉される。ところが鈴蘭の君は、ひそかに幾多もの手段を使って邪魔者を暗殺し、始末していくことに躊躇しない、父よりもやり手であった。一番若い妾妃に毒入りの化粧水を送り、顔を傷つけて自害に誘導したのも鈴蘭の君であった。彼女は術を操る縹家の力を借りて、何者かに呪詛をかけた。偶然手を出した王がその呪詛を身に受け、結局命取りとなる病に倒れる。最後まで鈴蘭の君が本当は誰をねらって呪詛をかけたのかは謎だったが、実はその対象は彼女自身の息子、清苑だった。清楚で可憐で美しい鈴蘭の花が実は毒草で、生けておいた水にすら毒を移すというが、まさにこの妃こそ鈴蘭の名前にふさわしい。最後に彼女は王の手で清苑ともども流刑にされ暗殺される。(清苑太子は奇跡的に生き延びて紅卲可と薔君に拾われ、茈静蘭として生きなおし秀麗のお目付け役となる)
 
 
追えば墓場に続く花、彼岸花
鈴蘭が清楚で美しい毒草ならば、真っ赤で不吉な名前を持つ毒草は彼岸花。曼殊沙華、墓場花などと呼ばれるのは、秋の彼岸の頃に咲き、草全体に毒があるせいだ。花茎が先に出て、花が終わってから葉が出るため、ある日突然何もなかったところに真っ赤な花が群れになって咲いて人を驚かす。
登場人物たちの最期の様子を描く最終巻の『骸骨を乞う』は、王の宰相としてもっとも優れた業績を残した悠舜の臨終から始まる。王の覚えが愛でたかったのは彼の優れた才能や手腕のためだけではなかった。悠舜は王の魂に、深いところでどこか欠けたところがあるということを理解する唯一の人だった。それゆえにある意味では王は秀麗妃よりもずっと悠舜を必要としていた。体が弱かった悠舜が臥せった時も、王は彼の辞任を許さず宮廷に留め置いた。だんだん弱っていった悠舜は、秋の訪れとともにこの世を去った。「もう御前を辞さねばなりません。残して逝くことを、どうかお許しください、わが君」
どこからともなく忍び寄るようにやってきた彼岸花が悠舜の離宮に咲き始め、まるで墓から来て彼を連れ去ったかのように見えた。
悠舜が息を引き取ると、王の悲しみはひとかたならず、一晩泣き明かした。それ以来、毎年不気味に群れ咲く彼岸花を、王はすべからくひっこぬいて捨てさせた。悲しみと後悔と置いてゆかれた痛みを思い出させる、追えば墓場に続く真っ赤な花の群れを。
 
 
花を重ねて その後の彩雲国
秀麗がこの世を去ったのち。残された一人娘は花を重ねる「重華」と名づけられた。重華姫はとてつもない美少女だったが、ほとんど口をきかない変わった子どもだった。周囲のものは彼女が母のあとをついで女性官吏になるかと期待したが、重華は興味がないようだった。その頃、兵部尚書は十三姫、工部尚書は柴凛というように高官を女性が務め、秀麗に憧れていた村娘の朱凰はどんどん出世しており、彩雲国宮廷も様変わりしていたのだが。実は重華は王になることを目指したのだ。女性官吏が活躍した時代の次に、父のあとを継いだ娘の君主の時代が来る。初めての女性君主の願いがかなう時、今までにない勝れた治世が実現するかもしれない。

 
 
 
 
 


  

 
『彩雲国物語一 はじまりの風は紅く』
雪乃紗衣 
角川 文庫
 
 

『彩雲国秘抄 骸骨を乞う(下)』
同上